1. はじめに
養殖業にとって有益な情報をもたらしてくれるリアルタイム海況予報は、現在、世界各地そして日本国内においても様々な分野・用途で利用されています。10 年前と比べて格段に利用頻度とともに知名度が高くなり、様々なビジネスシーンでの利用が期待されています。本稿では、そういった海況予測について、著者が取り組んできた3 つの技術開発、1) リアルタイム海況予測、2)養殖場の低塩分予測、3)高解像度予測と高頻度・高密度自動観測、を紹介いたします。括本的には大阪府立大学I-site なんばにて開催された第1 回CAINES 研究会(201 9 年5月28日)における講演に即した内容を適宜修正した内容となります。
2. リアルタイム海況予測
まだ国内ではリアルタイム海況予報システムが発展途上だった頃、2009年頃に遡りますが、その当時は天気予報のようにリアルタイムに海況予報を出せるシステムは国内では存在せず、海況予報システムの研究開発が国内の諸研究機関で進められていました。私が参画したのは、九州大学応用力学研究所の広瀬直毅教授が代表を務めた、石川県能登半島周辺の海域を対象海域とした予報システムの開発でした。これは、好漁場の推定に加えて定置網などの漁具に甚大な被害を与える急潮予測の目的で、漁業者に情報提供するサービスを創出しようとするもので、2012年にはリアルタイム海況予報システムDREAMS シリーズが完成し開業しました(図l)。当時としては、まだスマートフォンの普及が十分ではありませんでしたが、リアルタイムで予測結果を携帯電話(いわゆるガラケー)に配信しており、漁業者が予測結果を操業前にチェックしていたそうです。それだけではなく、図1のように、漁業者に収集していただいた操業時の現場観測データを活用してシミュレーションを最適化することで、より良い予測結果を期待できるシステムになっており、漁業者がデータを収集することにインセンティブが働く仕掛けになっていました。この漁業者と協働できるという独創的な部分が評価されました。この研究では、急潮など気象イベントに起因する物理現象の予測は概ね上手くいったのですが、河川プリュームと呼ばれる降雨時の河川出水による低塩分水の挙動を再現・予測することが難しいこともわかってきました。低塩分水は、沿岸海域に栄養塩を陸から運んできて、ノリなどの生物生産を高めてくれる反面、ウニやカキ、ホタテなどの養殖水産種に悪影響(生育不良やへい死) をもたらすこともあります。低塩分水を常時モニターするための観測体制が不十分であることから、シミュレーション結果の再現性の検証すら困難でした。
3. 養殖場における低塩分予測
次に取り組んだのが低塩分水、河川プリュームの予測研究でした。そのためには、河川流量予測と海況予測を同時に行う必要があります。当時は河川流量の予測可能なモデルは多数ありましたが、リアルタイム海況予報に実装した事例はありませんでした。そこで、文科省が採択した函館マリンバイオクラスター事業の一環として、北海道の噴火湾におけるホタテ養殖漁場を対象海域にした、陸海域統合シミュレーションによる予報システムの開発に精手しました。この事業では、現場塩分の観測データも多く収集されており、塩分場の再現性検証も可能だと考えました。北海道は積雪地域ですから、融雪出水が河川流量の変動にとって最大のイベントです。したがって、流量予測以外にも積雪・融雪現象を再現するモデルも必要で、それに加えて、計算負荷の軽いコードを作成する必要がありました。試行錯誤の結果、融雪と河川流鼠をある程度再現できる陸面モデルを開発し、海況予測システムに実装しました。図2 は陸海統合シミュレーションの概要を示したもので、右側に陸面モデルを示しましたが、格子状に配置された森林や水田等の土地利用や標高といった地理情報と気象予報を駆使して、河川流量を計算する仕組みを表しています。このようにひと手間をかけて海洋シミュレーションを実施した結果、塩分場の再現精度が約1 0 %向上し、噴火湾内に河川プリュームをうまく再現することができました。こういった海面塩分場の予測結果をひっさげて、噴火湾沿岸域の漁業者さん達にインタビューしたところ、予想以上に興味を持っていただけました。特に”ゆきしろ”と呼ばれる春季の融雪出水のタイミングがホタテ稚貝の生育に影響し、その結果、養殖生産量の多寡を決定するとのことでした。河川プリューム、つまり低塩分水リンクとホタテ養殖業の生産の情報が連関した瞬間でした。ただ、同時に養殖場内のどのあたりまで低塩分水が張り出すのかを詳細に予測できないか?との要望もいただきました。なぜなら、図2 をみるとわかるように、ホタテ蓑殖施設は沿岸にべったりと張り付いたように配置されており、どのあたりにどれくらいの塩分の海水がやってくるのかという情報が、低塩分に弱いホタテの稚貝を養成するためには大変重要だからです。しかし、当時のモデル水平解像度が約1.5km で、養殖場付近におけるきめ細やかな情報を提供するには不十分でした。これ以上解像度を高くすると計算資源が足りず、計算時間が長大になって計算が困難です。また高解像度の再現計算結果が得られたとしても、それがどれだけ正しいのかを検証するための現場観測データもありませんでした。
4. 養殖場環境の観測と予測の高度化
この問題を解決する方向性は、現在も模索中ですが、いくつかの方法を組み合わせることで解決できるのではないかと考えています。方法のひとつとしては、予測モデルの局所的な高解像度化です。マルチスケール分解能モデルとネスティングという手法を組み合わせることで、必要な場所だけを高い解像度で計算可能にする技術を採用してみました。図3左のように、七尾湾ではマルチスケール分解能の予測モデルFVCOM (Finite Volume Community Ocean Model) を導入することで、すでに予報システムとしての地位を築いているDREAMS からの予測結果を利用した、高解像度の海況再現計算が可能になりました。そしてもう一つは、現場観測データを高頻度かつ高密度で収集できる、四胴型自動航行船(ロボセン) を活用して、検証用の観測ビッグデータを蓄積することです(図3 右)。ロボセンは大阪府立大学の二瓶泰範先生の研究室と日本海エ(株)の研究グループが今も研究開発を進めており、現在は七尾湾の西湾にあるマガキ養殖場の周辺海域において、実験的な自動環境計測が実施されています。このロボセンによって収集された現場観測データを使って、FVCOM による高分解能の再現計算の妥当性の検証を始めたところです。従来は、自治体が実施する月1 回程度の硯場観測データや、数点のロガーデータを使って、シミュレーションの再現性を検証するしか方法はありませんでした。ここにきてようやく、裔分解能の海況再現計算結果と比較可能な現場観測データが時空間的に十分に得られそうだという感触を得ています。羞殖漁業者にとっても、これまで培われた長年の経験や勘に加えて、このような科学的データという強力な材料を活用することで、さらに効率的で安定した養殖生産事業に展開できるのではないかと期待しています。今後は、高解像度の衛星画像やドローン空撮画像からの水質マッピング技術を組み合わせることで、これまでに無い多角的な現場観測データの充実を検討していく予定です。このような高解像度シミュレーションと高頻度・高密度の観測ビッグデータを組み合わせた取り組みは、国内外での展開を視野に考えています。