1. はじめに
三重県では、伊勢湾や熊野灘など、多様な漁場環境の中で多種の漁業が営まれています。海面漁業における総生産量は約155千トンで全国7位、総産出額は約446億円で全国10位、経営体数は3,178で全国6位であり、本県は国内有数の水産県の一つです。しかし、近年の生産量、産出額及び経営体数は、いずれも1980年代のピーク時と比較して1/2~1/3程度と大きく減少しています1) 2)。ここでは、三重県における漁業の現状と課題、その課題解決に向けた水産業のスマート化に関する研究事例、新たに設立した「みえスマート水産業研究会」などについてご紹介します。
2. 三重県における漁業の現状と課題
近年の本県における新規漁業就業者は、県外及び県内の非漁家からの就業が約半数、就業先は法人への就業が約7割を占め、漁家内から後継者が生まれ難い状況や、若者が雇用による安定収入を求める傾向が推察されます。その背景には、漁場環境の悪化や水産資源の減少による漁業の不安定さ、漁業現場における厳しい労働環境、経験や勘への依存度が大きい漁業への就業のハードルの高さ、などがあると考えられます。
さらに、本県では、個人経営体が96%、販売金額500万円未満の経営体が67%と3)、零細な経営体が大半を占めています。海面養殖業の経営規模(1経営体あたりの生産量)は、主要生産県の中でも特に小さく1) 2)、コスト面や効率面で不利な状況にあります。
こうした状況の中、漁業の生産性や収益性の向上、労働環境の改善、漁業就業者の確保などを図っていくため、水産業のスマート化に向けた研究開発や体制整備を進めています。
3. 水産業のスマート化に関する研究事例
3.1 ノリ養殖におけるIoT海洋モニタリングシステムを活用した養殖管理の適正化
本県の黒ノリ養殖は、生産額約15.8億円で1)、伊勢湾の基幹産業の一つです。また、青ノリ養殖は、生産額約11.6億円で、伊勢湾から熊野灘にかけて広く行われ、生産量は全国1位を誇っています(県漁連調べ)。養殖形態は、黒ノリ養殖では浮き流し式が約7割、支柱式が約3割で、青ノリ養殖では支柱式がほぼ100%です。
近年、ノリ養殖では、高水温や異常潮位、栄養塩不足、食害などによる生育不良や品質低下が問題となっており、漁場環境の変化に応じた適正な養殖管理や食害対策が求められています。そこで、当研究所では、鳥羽商船高等専門学校と共同で、ノリの養殖管理に役立つ漁場環境データ(水温、潮位)と海面上からのカメラ画像をリアルタイムでモニタリングし、パソコンやスマートフォンで情報を確認できるシステムの開発と実証に取り組みました(図1)。
モニタリングシステムは、浮き流し式及び支柱式のいずれの養殖形態でも設置することが可能です(図2)。支柱式養殖では、異常潮位等に対応し、適切に網の高さを調整して干出時間をコントロールすることが重要であり潮位データが有効な情報となります。一方、水温データは、育苗や本養殖を開始するタイミングの見極め等に必要であり、支柱式及び浮き流し式のいずれにおいても重要な情報です。
伊勢湾内の養殖漁場にモニタリングシステムを試験的に設置して養殖業者の皆様に利用いただいたところ、本養殖の開始時や高潮位時にデータへのアクセス数が増加し(最大で約100件/日)、データが養殖管理に有効に活用されました。また、カメラ画像では、カモ等によってノリが食害を受けている状況が捉えられました。今後、効果的な食害対策技術と連動させることで、食害防止も可能なシステムへの発展が期待されます。
3.2 マダイ養殖におけるAI・IoTを活用した自動給餌機による効率化
マダイ養殖は、熊野灘沿岸における基幹産業の一つであり、生産額は約36.7億円で全国4位です1)。しかし、本県のマダイ養殖は、他の主要生産県に比べて経営規模が小さく、1経営体あたりの生産量は熊本県の1/7、愛媛県の1/5となっています1) 2)。零細な個人経営体が大半を占める本県において、産地間競争力の強化や新規就業者の確保を図っていくためには、作業の自動化や省力化が不可欠です。そこで、当研究所では、鳥羽商船高等専門学校と共同で、AI等を活用したマダイの摂餌行動パターンの解析に基づく自動給餌システムの開発を進めています(図3)。
これまでに海面上からのカメラ映像をスマートフォンで確認し、遠隔で魚の摂餌時の活性を見ながら給餌を行うシステム(IoT給餌機)を開発しました。現在開発中の自動給餌システム(AI給餌機)は、餌料メーカー作成の給餌表、つまり水温と魚体重に基づく給餌量をベースに、AIがカメラ映像により魚の摂餌活性を判断して給餌の停止や追加を行うというものです(図4)。
小規模養殖試験の結果、AI給餌機でも、遠隔で人が給餌をコントロールするIoT給餌機と遜色のない試験成績(成長や餌料効率)が得られ(表1)、AIによる完全自動給餌システムの実用化の可能性が示唆されました。今後は、実用規模での試験を行うとともに、養殖現場への普及に向けて、労力面やコスト面での効果の数値化にも取り組んでいきます。
4. みえスマート水産業研究会の設立
漁業・養殖業の競争力の強化を図り、成長産業としていくためには、漁業者や関係団体の抱える課題を的確に把握するとともに、AI・IoTやロボット技術などの最先端技術を活用した水産業のスマート化を進めていく必要があります。こうした最先端分野の研究は、県研究機関単独での推進は難しく、国や大学等の研究機関や民間企業等との連携も必要です。そこで、産学官が連携して本県水産業のスマート化を推進していくため、漁業者、水産関係団体、大学等高等研究機関、県で構成する「みえスマート水産業研究会」を令和3年1月に設立しました。
研究会では、①全国のスマート化に関する最新技術や先進事例を関係者に共有するための研修会やシンポジウムの開催、②漁業者が利用しやすい新技術の開発や普及のための新技術の試験導入、③スマート水産業の社会実装に向けた本県水産業の将来像の検討やロードマップの作成、などの活動を進めています。
5. 終わりに
CAINESコンソーシアムにご参加の皆様方には、養殖業の高度化やスマート化に関する研究事例や取組事例について、先進的かつ有益な情報をご提供いただいており、感謝申し上げます。ぜひ、三重県の漁業者や関係者に向けた研修会での情報提供、三重県をフィールドとした新技術の試験導入など、「みえスマート水産業研究会」の活動にもご支援賜りますよう、お願い申し上げます。
参考文献
1) 農林水産省:昭和58年~平成30年漁業・養殖業生産統計年報、1986-2021.
2) 農林水産省:1983年~2018年漁業センサス報告書、1985-2020.
3) 農林水産省:平成30年漁業経営調査報告書、2020.
図5-1 みえスマート水産業研究会(オンライン研究会)
図5-2みえスマート水産業研究会(オンライン研修会)
図5-3 みえスマート水産業研究会(試験導入)
図5-4 みえスマート水産業研究会(試験導入)