はじめに
広島県はかきの生産量全国一位を誇る、かきの一大産地です。対象種はマガキが中心で、筏から10m程度の垂下連を吊るして育成する養殖方法が主流です。水揚げされたかきの90%以上がむき身として出荷され、近年ではむき身の出荷における冷凍などの加工用の割合が大きくなっています。また、生産量自体も年間16,100トン(令和元年度)と減少傾向にあります1)。私が所属する西部工業技術センターでも県内かき産業に関する装置開発等での支援を行ってきました。本稿では、かきの成長と肥育に関する生態的特徴と、かき養殖が抱える問題解決に取り組んだ事例についてまとめます。
かきの成長と肥育
マガキは体外受精によって受精卵(約45㎛)となった後、24時間後にはD型幼生と呼ばれる状態になって繊毛を使って泳ぎ回れるようになり、周囲の餌(小型の植物プランクトン)を食べながら、2~3週間の浮遊生活期を経て330㎛程度の付着期幼生となります。付着期幼生は、ちょうどよい基質にたどり着いたら、さらにその基質の上で気に入った場所を探してはい回り、気に入った場所が見つかるとそこで殻を基盤に固定して固着生活を始めます。この後、一生この場所から動かず成長し、成熟と身入りを年周期で繰り返します。マガキの身の充実と成熟には、環境水温が密接にかかわっていることが知られています。各月の広島県内のマガキの身入り度と生殖巣の成熟度を図2に模式的に示しました。身の充実度は1月後半から2月頃にもっとも高く、その後、3月辺りから徐々に生殖巣の成熟が進みます。6月頃までに生殖巣が完全に成熟し、梅雨時期から8月頃にかけて、3回程度の放卵・放精が行われると言われています。放卵・放精によって体内に蓄えていた配偶子が失われ、8月後半から9月頃のかきは痩せています。9月後半から水温が低下してくると、かきは再びエネルギーを貯め込み、身に蓄積物質であるグリコーゲンを蓄えます。水温が最も低くなる1月後半頃に向けて身を充実させ、再び1月後半から2月頃の所謂「旬」を迎えます。
このように、水温上昇及び低下がトリガーとなってかき生体内での成熟と蓄積が切り替わっているわけで、このトリガーを利用して成熟と蓄積を人為的に操作する取組も存在します2)。
西部工業技術センターの支援事例
私が所属する西部工業技術センターは、ものづくり企業の支援及び研究を行っています。広島の特産品であるかき産業に関わる装置、製品開発や、かき生産活動の作業分析等の支援事例がありますのでご紹介します。
● 食害対策ネット
20年程前から、広島県内のかき産地全域で、クロダイやナルトビエイ等によるかきの食害が発生するようになりました3)。この対策として、音、光、味(クエン酸等)及び振動などを用いた対策が検討されてきましたがあまり効果が持続せず、唯一、ネットで物理的に食害魚をかきに近づけさせない対策でのみ効果が得られます。しかし、使用後のネットを取り外す際にネットがかきの垂下連に絡まることが問題となっていました。そこで、広島県内で生分解性である紙製ネットを開発、生産していた日東製網株式会社と、1ヶ月半から3ヶ月程度で分解する食害対策ネットを共同開発しました(図3)。食害は、「通し替え」と呼ばれる、稚貝を沖の筏に移動させて垂下する作業後の1ヶ月程度に集中して発生するため、日東製網株式会社が保有する紙製ネットの分解速度は、食害対策ネットに最適でした4)。ネットの形状や目合についても検討し、利用しやすく効果が高い食害対策ネットを開発しました。
世界進出用ブランドかき「SENTAN」の開発
広島県内のかき生産者のかなわ水産株式会社で、平成23年度補正予算 先端農商工連携実用化研究事業補助金(経済産業省)を利用し、「シングルシードかき養殖法・流通の高度化による『かきオールジャパン』ブランドの確立」の取組みが実施されました。シングルシード養殖法を高効率化し、世界のかき市場に参戦するためのオールジャパンかきブランド「先端(SENTAN)」を開発するというプロジェクトでした。西部工業技術センターは、養殖作業の効率化と装置化、及びブランドコンセプトの確立の視点からプロジェクトをサポートしました。プロジェクト内の取組で、自動化や装置の高度化が進むアメリカのかき養殖施設を視察し、日本のかき生産方法の改良も、まだやるべきことはたくさんあることを実感しました。また、シアトルとニューヨークのオイスターバーを視察し、各店で取り扱われているかきブランドの形状や価格について調査しました(図4)。日本国内とは異なるかき食文化に触れて、アメリカ等の欧米各国でのかきに対するニーズ動向について検討し、「先端(SENTAN)」のブランドコンセプトを決定しました。「先端(SENTAN)」は現在までにアジア及び中東各国に輸出され、オイスターバーなどで提供されています。
養殖トレーの開発
環境配慮型養殖筏の開発
広島県内のかき養殖は、筏垂下式養殖を主流としています。この筏は主に竹と発泡スチロール製の浮体で構成されており、耐用年数は5年程度と短いため、約5年ごとに筏は廃棄されているのが現状です。発泡スチロール製の浮体は新たな筏に再利用されることも多いですが、使用による劣化で破片が海上に流出し、漂流ゴミとなってしまいます。また、垂下連には25㎝前後のプラスチックパイプを利用しますが、大半が回収されて再利用されているものの、垂下連の破損や収穫作業中の流出によって、漂流ゴミ化して社会問題となっています。これらの問題への対策として、耐用年数が長く発泡スチロール製の浮体を使用しない養殖筏でプラスチックパイプを使わずにかき養殖を行えないかとかき生産者から要望を受け、発泡スチロールを使わなくても良い髙浮力の養殖筏の開発を行っています。平成30年には直径の25m円形筏を試作し(図6)、揺れが小さく良好な生育が得られることを確認できた他、導入コストが高額であること、漁場利用効率が従前の筏に比べて低いことなどの問題点も明らかになりました5)。現在は筏を商品として販売を目指す企業らを主体に、商品開発の観点から、改善・改良研究を続けています。
参考文献
1)広島県:令和2年度広島かき生産出荷指針、広島県、令和2年
2)平田靖、他:養殖水深の変更による養殖マガキの身入り促進効果、p.5-11、広総研水技セ研報 第4号、2011.
3)塚村慶子、他:広島かき養殖における魚類の食害実態調査、西部工業技術センター研究報告No.52、 p.48-51、2009.
4)塚村慶子、他:紙製ネットを生分解性素材として海洋で使用するための基礎研究、西部工業技術センター研究報告No.53、p.45-48、2010.
5)友國慶子、他:リサイクル可能な資材を用いたかき養殖筏の開発、西部工業技術センター研究報告No.63、 5、2020.