はじめに
養殖業では、時期を逸せずに的確な操業を行うため、必要な情報を必要な時にリアルタイムで得ることが要求されます。特に海洋環境情報は養殖業にとっては不可欠であり、水温、塩分(電気伝導度)、密度、濁度、溶存酸素濃度、クロロフィルa、光量子、懸濁物質、栄養塩など、業種・日的によって多種多様であり、それらの重要度も様々です。これまで、従来の船舶観測、ロガー定点観測、衛星観測に加えて、海況予測、リアルタイム自動観測など、科学的な環境情報を得るために様々な技術が開発されてきています。近年は、1 )高解像度シミュレーション、 2)高時空間分解能の観測データ、 3) 高精度AI予測、の 3つの先端技術の開発が進展していますが、それぞれ課題もあります。本稿では、これらの課題を簡単に紹介します。それらをOODA(ウーダ )ループという枠組みに組み込むことで、これら3つが相互に補間しあいながら、各課題に対処する方法を述べます。紙面の関係上全て紹介することはできませんが、粗削りながら現在構想しているフレームワークを紹介いたします。
高解像度シミュレーション
リアルタイム海況予報は、現在、世界各地そして日本国内においても様々な分野・用途で活用されています。また、近年コンピューター性能が劇的に向上し、海洋モデルの高解像度化が達成されてきており、養殖場付近におけるきめ細やかな海洋環境を再現・予測する研究開発が現在進められています。例えば、高解像度化を効率的に実現するため、予測したい海域だけを局所的に高解像度化するマルチスケール分解能モデルと、低解像度モデルから段階的に高解像度化するネスティング手法、という二つを組み合わせたダウンスケーリング手法による、高解像度モデルが開発されています(図l)。
高解像度化手法によって詳しい海洋環境が 可視化できたとしても、計算結果の妥当性を検証するための観測データも時空間的に高解像度である必要があります。従来は、船舶観測や水質ロガー等の現場観測データや衛星観測プロダクトを用いて、計算結果を検証する方法が一般的でしたが、高解像度モデルの検証が十分にできない場合があります。そのため、高解像度の海況再現計算技術の発展には、モデル分解能に合致した観測データの収集が課題となっています。
モデルの高解像度化に耐えうる計算性能も要求されるため、予測計算にはスパコン等の大きな計算資源が必要です。ゆえに高解像度計算を多種多様な用途•海域に適用するのは 困難です。そのために予測方法を簡易化し、市販PCでも実装可能にするための予測計算のダウンサイジングも課題となっています。
観測データの時空間分解能向上
養殖環境情報を収集するための従来観測手法としては主に 3つあり、船舶を用いた空間的な観測データを収集する方法、観測点を定めてブイ等を設営し計測ロガー等により時系列の観測データを収集する方法、人工衛星によって面的なリモートセンシング観測データを収集する方法、となります(図 2) 。近年、現場観測データを高頻度かつ高密度で収集できる水中ドローン、AUV、自動観測船等が登場し、例えばロボセン(日本海工株式会社)を用いた3次元水環境計測の自動化技術開発が進められています。これらの観測技術は個別に発展してきていますが、沿岸海域においては、時々刻々変化する環境変動を理解するための時空間分解能が不足する場合もあります。例えば、ロガー計測では時系列データが収集できますが、観測地点が限られる場合が多く、空間的な情報を得るには不向きです。このことから、単独の観測法で時空間的に高密度な観測体制の構築を目指すことは困難です。
近年、収集された観測データの多くは、担当する関係機関が主にインターネット上で養殖環境情報として提供されることが多くなりました。また、IoT技術の進展によりリアルタイムの観測データを公開する場合もあり、PCやスマートフォン等で閲覧可能なシステムの整備も進んでいます。そこで、観測データの時空間分解能の向上を狙うための現実的な方向性としては、各機関で収集された観測データをインターネット上で統合し、配信することが考えられます。この実現には、観測データを管理する各機関・部署の連携が不可欠でありますが、技術的には不可能ではないはずです。
Al予測の高精度化
近年、養殖産業分野においてもAIの導入が着実に進められているようです(例えば漁獲物の選別自動化(木宮ら、2021)等) 。また、スパコンやワークステーションといった大型計算機に頼らない、AIを用いた養殖環境予測研究も進められています(図3) 。スパコンを利用した環境予測を継続的に運用していくのは困難なため、AIを採用することで汎用的なPCでも環境予測を可能にし、民間レベルで予測システムの導入が可能となることを目指したものです。AIモデルを用いてスパコンと同程度の高精度予測を達成するためには、AIモデルを教育するための信頼性の高い膨大な教師データが必要です。教師データとして、まず現場観測データが考えられますが、量的に不十分という場合もあります。大規模なシミュレーションデータを活用する方法もありますが、計算結果がある程度正確でなければ、教師データとしては質的に不十分となります。つまり、観測データは信頼性が高いが数が足りない、計算データの量は多いが伯頼性が低いという、教師データとしての問題点があります。高精度なAI予測を実現するために、信頼性の高い膨大な学習・検証データをどのように用意するのかが課題です。
OODAループを用いた観測・予測・理解の三位一体フレームワーク
上記で紹介しました先端的手法1)~3)の課題を克服するため、これら3つが三位一体となり補い合いながら観測・予測・理解を高めていく方法が考えられます。それがOODAループによるフレームワークです(図4) 。
不十分であったシミュレーション検証用の観測データについては、高時空間分解能の観測データを利用できます(図4A)。例えば、データ同化手法等による計算精度の向上や、計算誤差が大きい場所・期間や現象等についての観測体制を再検討できます。現象の理解や予測精度・目的に合致した観測デザインに収飲させて、検証用観測データを効率的に収集するとともに、効果的にシミュレーション精度を高めるという、観測とシミュレーションとの間でフィードバックが確立できます。
計算精度がある程度保証されたシミュレーション結果を、AI予測モデルに教師データとして入力すれば、質・量ともに充実したデータを利用した学習効果によって、AI予測の精度向上が期待されます(図4B)。一方で予測率の低い場所・期間を抽出し、それに関するシミュレーションデータを解析することにより、予測率が低下する現象・原因を調査することが可能です。このような双方向のアプローチにより、AI予測モデル単独よりは格段に現象・原因解明の高度化とAI予測の高精度化が狙えます。
AIによる予測結果の精度が担保されているかどうかを、観測データを真値としてチェックする必要もあります。どれだけ誤差を修正すればよいかの情報をAIに教えて、予測結果に反映させることができます。このような情報のやりとりが、常にAI予測精度の信頼性を担保することになります(図4C) 。
実際、私たちの研究で実験的に導入した、環境シミュレーションや自動観測•AI予測システムに、OODAループがうまく機能するかどうかの検討を始めています。OODAループには養殖業者や自治体といった関係機関のご協力が不可欠です。このような観測・理解・予測の技術開発を同時に進めていく方向性について、様々な関係者方からご意見いただけるよう進めている段階です。
参考文献
- Nakada, S., Hirose, N., Senjyu, T., Fukudome,K., Tsuji, T., Okei, N.: Operational Ocean Prediction Experiments for Smart Coastal Fishing, Progress in Oceanography, vol.121 , pp. 1251- 40 ,2014.
- 木宮隆木村優輝鈴木翔ー.画像センシング技術を活用した定置網漁獲物の選別自動化と見える化日本水産学会誌vol. 87 , no. 2 ,pp.177-179,2021.