大分県漁業生産と最近の赤潮被害
瀬戸内海の西部に位置する大分県は日本三大干潟の一つである周防灘、外洋水と内海水が混合する伊予灘・別府湾、深く入り組んだリアス式海岸の豊後水道に面し、その沿岸域は変化に富んだ好漁場が形成され多種多様な水産物 が漁獲されています。特に豊後水道沿岸は黒潮分枝流の影響による温暖でかつ静穏なことから養殖漁業が発達しています。2020年の農林水産統計によると大分県の漁業生産額は全国12 位の325億円で、その内訳は養殖生産が全体の71%を占める231億円です。主な養殖魚種はブリ類(156億円 全国3位)、クロマグロ(35億円全国6位)、ヒラメ(9億円 全国 1位)であり、全国屈指の生産量を誇っております。
養殖漁業にとって最も大きな問題の一つが 赤潮です。県内の赤潮の発生件数は昭和51年をピークに発生件数は減少していますが、現在も年間 20件前後発生し、天然魚、養殖 魚問わず漁業被害が度々報告されています (文献l)。とりわけ2017年、2018年はこれまで確認されなかった沖合域での羞殖マグロによる赤潮被害が発生し、新たな課題となっています。(写真 1)
赤潮モニタリングと課題
赤潮は植物プランクトンによって海が着色する現象を称していいますが、甚大な被害を及ぼす赤潮種は有害赤潮プランクトンといい、 大分県の場合、赤潮被害の大多数が有害赤潮プランクトンの一種である「カレニア・ミキモトイ」による赤潮(写真2、以後カレニア赤潮)で発生しています。県内、とりわけ豊後水道沿岸域の養殖生産現場からはカレニア赤潮の発生予察技術の開発が求められ、当水産研究部ではこれまでカレニア赤潮の発生機構の解明、モニタリング体制の整備によって、赤潮発生の数週間前には予報できる体制を確宜し、現在では、モニタリングと現場漁業者の迅速な対応によって養殖ブリの漁業被害が軽減されています(文献2) 。しかし、最近の赤潮発生 は海洋環境の変化によって、広域化、発生期 間の長期化など従来のモニタリング方法では人的、予算的に対応できない状況であり、早急にIoT技衛による赤潮観測技術の導入が必要となっています。
カレニア赤潮モニタリングの自動化について
赤潮監視の自動化を検討するにあたり、先にタ―ゲットとなるカレニア赤潮の発生メカニズムと自動化する際のポイントについて記します。
カレニア赤潮の発生初期は湾奥の静穏域の水深5m付近の中層でlm未満のごく薄い濃密度層を形成します。このとき形成される濃密 度層は、海面からの目視は難しく、さらに時間や天候、プランクトン密度によってその水深は日々刻々と変化します。その後、水淵上昇や降 雨等のカレニア赤潮の好適環境が整った場 合には濃密度層の細胞密度、分布範囲が発達し、最後には濃密度層が海面まで上昇し、目視 で着色を確認(赤潮)できるようになります。湾奥で形成された赤潮が沖合に拡大し養殖場を通過した際に、甚大な漁業被害が発生することになります。以上、カレニア赤潮のモニタリングは発生初期に形成される濃密度層を効率的に監視することが重要なポイントとなります。そして、カレニア赤潮の監視を自動化するには、l.赤潮発生初期の濃密度層の検出、2. 濃密度層を形成する赤潮プランクトン種の特定の2点になります。
赤潮発生初期の濃密度層の検出(自動昇降式赤潮監視装置の開発)
赤潮発生初期の濃密度層の検出は、赤潮色素であるクロロフィル蛍光値を海面から海底付近まで連続して観測することで可能となります。2010年から環境システム(株)の協力を得て、クロロフィル蛍光値の鉛直プロファイルの測定可能な自動観測機器の開発を行ってきました。本装置は従来の大型観測機と違い、特別なブイ等を必要とせず、既存の筏やポンンツーンを利用し、大人2人で設置できるように設計されています。この機器を用いた結 果、2013年には、佐伯湾で発生するカレニア赤潮の連続観測に成功し、赤潮発生初期から赤潮に至る詳細なデータ取得が可能になりました(図3参照)。これらの測定から天候(日射量)による赤潮濃密度層の定位水深、赤潮水塊の上昇・下降速度、降雨による赤潮密度の発達状況など、赤潮形成に係る環境要因の特定が可能になり、赤潮予測技術が飛躍的に向上しました。2016年には太陽光パネルの設置によって長期連続運転、テレメータ化によるHPからのデータ閲覧「見える化」が可能になり、24時間藍視ができるようになりました。2018年、2019年には新たに2台が増設され、県内では現在、3台体制で赤潮の観測を行っております。
濃密度層を形成する赤潮プランクトン種の特定(HAIセンサーの開発)
濃密度層を形成する赤潮プランクトン種の特 定には各植物プランクトンが持つ蛍光スペクトルを利用することで種を特定することが可能です。2013年に九州大学の島崎洋平准教授とJFEアドバンテック(株)によってカレニア、ミキ モトイ、シャットネラ、アンティーカ/マリーナの 植物プランクトンが持つ蛍光スペクトルの特異性を利用した、観測機器の共同研究が開始されました。2014年には試作機ができ、2015 年から当水産研究部も参画し現地試験を行ってきました。その結果、2017年に佐伯湾で発生したカレニア赤潮において、中層域のカレニア赤潮濃密度層を検出できることが確認され(図4参照)、さらに2020年にはテレメータ式の定点設置型の観測機を用いて、リモートで低密度カレニア赤潮(27cells/ml)が検出できることが確認されました(文献3)。以上、観測機器によるカレニア赤潮の特定が可能になりました。
IOT技術を用いた赤潮観測の自動化
現在、佐伯湾の赤潮初期発生海域で上記2機種を併用してIOT技術を用いた赤潮観測をおこなっています(写真3)。2021年の観測ではカレニア赤潮の発生はなく、発生予察に至りませんでしたが、現場でカレニア赤潮の発生 状況を準リアルタイムで観測できることで、効率的な赤潮監視が可能になっています。また、海洋環境の変化に絶えず曝されている漁業者にとって、連続観測による本機器の監視は漁業生産に安心して取りくむことができる心強い味方として活用されています。
今後の課題
赤潮の自動観測は当初の目標をクリアし実用 化しました。しかし、沖合域の赤潮観測はまだまだ自動化されていない状況です。現状は赤潮の 初期発生海域という「点」の調査が自動化しただけであり、今後「点」から「線」、「面Jへの展開 が現場の漁業者から期待されています。現在、広域赤潮監視の取組としてドローンを用いた観 測や魚の遊泳異常からの赤潮検出などについて研究開発を行っております。また自動航行式の観測船の実用化なども期待されています。当 水産研究部では引き続き新たな赤潮監視について積極的に取り組んでおりますので、ご興味ある方々は是非、お声かけください。
参考文献
1. 令和3年度公害被害救済制度の状況2022大分県
2. 宮村和良Karenia mikimotoiの赤潮動態と発生予 察・対策「有害有毒プランクトンの科学」今井一郎、山 口峰生、松岡敷充編恒星社厚生閣,東京,2016, 191-207
3. Mi ts uo YOSHIDA, YoheiS HI MAS AKI.Daiki INOKUCHI, Ayahiro NAKAZATO,Shusaku OTAKEXuchun, QIU, Koki M団因,Herminia FOLONI—NETO!, HiroharuKATO l,SeiichiroHONDAl and Yuji OSHIMA A New Fluorometer to Detect Harmful Algal Bloom Species and its Application as a Long-Term HABs Monitoring Tool J. Fae. Agr., Kyushu Univ.,66(1) 2021