1. はじめに
三重県では、伊勢湾奥部の桑名市から湾口部の鳥羽市までの沿岸域で黒ノリ(スサビノリ)養殖が営まれており、冬季の主要漁業となっています。その養殖方法は、支柱柵式と浮き流し式によって行われており、後者が7割を占めます(図1)。本県の黒ノリ養殖は、2022年度漁期には全国8位となる1億2,600万枚の板ノリを生産しており、全国有数の生産県となっています1)。生産量の推移についてみると、2003年度漁期は3億8,657万枚となっていましたが、2021年度漁期は過去最低の8,985万枚となるなど減少傾向となっています。
黒ノリの養殖生産に影響を与える要因としては、高水温化(養殖開始の遅延、生長不良)、色落ち(栄養塩量の減少による色調の低下)、食害(魚類や鳥類に食べられる)や異常潮位(干出不足・過多による生長不良)が挙げられます。黒ノリの安定生産のためには、漁場環境の変化を正確かつ迅速に養殖業者間で共有しながら、集団管理を行うことが重要となっています。
2. 黒ノリ養殖で導入が進むIoT観測機器
三重県の黒ノリ養殖では、漁場環境を把握するため、IoT観測機器((株)アイエスイー製うみログ。以下、観測機器という。図2)の導入が進んでいます。観測機器には、水温、潮位、クロロフィル量、塩分、DO等を測定するセンサー及びHD画質(1920×1080px)で撮影が可能なカメラが搭載されており、収集した環境データはモバイル回線を通じクラウドサーバーに保存され、養殖業者はスマートフォンの専用閲覧アプリからデータの確認が可能となっています。2023年度時点で、伊勢湾沿岸に全15基(桑名4基、鈴鹿2基、津1基、松阪2基、伊勢3基、鳥羽3基)の観測機器が配置され、漁場環境データの収集及び情報提供が行われています。
3. 黒ノリ養殖におけるIoT観測機器の活用
観測機器を活用した黒ノリ養殖のスマート化の取組事例について紹介します。
3.1養殖開始時期の決定
鳥羽漁場での黒ノリ養殖は、水温が18℃となった時期を目安として、育苗済みの養殖網を漁場に張り込みます。しかし、2017年8月に始まった黒潮大蛇行が過去最長の期間で継続しており、その影響により漁場では高水温傾向となり水温低下も遅れるなど、養殖開始時期の見極めが難しくなっています。2020年度漁期では、11月中旬から黒潮大蛇行の暖水波及によって漁場水温が上昇及び停滞を示し、養殖開始が遅れる状況となりました。そのような中、観測機器で得られるデータに養殖業者の注目が集まり、11月下旬にかけてアクセスが集中し、水温が18℃を下回ったことが確認された11月25日に養殖が開始されました(図3)。このことから、観測機器で得られる水温データが、養殖開始時期の決定に活用されているものと考えられます。
3.2 異常潮位発生時の養殖網の管理
黒潮大蛇行に起因する黒ノリ養殖への影響として、通常よりも潮位が高くなる異常潮位の発生が確認されています。異常潮位が発生すると、支柱柵で養殖を行う漁場では、養殖網が干出不足となることから、黒ノリの生育不良につながります。桑名漁場における2020年度漁期では、12月中~下旬にかけて異常潮位の傾向があり2)、この時期にあわせて観測機器のデータへのアクセス数が増加する傾向が認められました(図4)。このことは、異常潮位に対して養殖業者が養殖網の高さを調整するなどの迅速な対応をとるために、観測機器の潮位データに関心が集まったものと考えられます。
3.3 食害の把握
黒ノリ養殖の現場では、養殖中に葉体が短縮する現象(通称:バリカン症)が発生し問題となっていましたが、観測機器で撮影した映像によって、その原因が食害であることの把握につながりました。具体的には、桑名漁場において支柱柵に取り付けた観測機器のカメラで海中及び海面の養殖網を撮影した結果、海中ではクロダイが、海面ではヒドリガモが黒ノリを食害している様子を鮮明に撮影することができました(図5)。
食害の影響が明らかとなったため、対策を講じる必要があります。食害対策としては、養殖網の周囲をネットで囲う方法が一般的ですが、コストや労力面で課題があり、有効な対策は確立されていません。そこで、養殖漁場に蝟集している食害生物に対して、上空からドローン(DJI社製、Phantom4 pro)を接近させることによる追い払い効果の検証を行いました。黒ノリを食害中の食害生物(クロダイ、ヒドリガモ)を発見した際に、ドローンを高度30mから徐々に降下させたところ、高度10m程度まで接近すると食害生物は一斉に逃避行動をとることが確認できました(図6)。これによって、ドローンは食害対策に有効なツールになり得ることが実証されました。今後、ドローンを活用した追い払い効果をより詳細に調査するとともに、食害生物の漁場への蝟集、摂食パターン等に関するデータも併せて収集することで、有効な食害対策の確立が期待されます。
3.4 急な海況変化の検知
黒ノリの養殖漁場は天然海域であるため、突発的に水温が上昇するなどの海況変化が生じることがあります。収獲時期の黒ノリは、急激な水温上昇にさらされると、製品(板ノリ)にしたときに、ツヤがなくなるなど品質の低下が生じることがあります。このような急な海況変化についても、観測機器によってリアルタイムでとらえることが可能となってきました。今後、海況変化を把握したうえでの収獲計画(時期や収獲量の調整)による黒ノリの品質維持・向上が期待されます。
3.5 色落ち早期警戒情報
近年の黒ノリ養殖では、栄養塩(窒素、リン)の不足によってノリの色調が低下(本来黒色のノリが薄茶色になる)する「色落ち」が問題となっています。色落ちはノリ製品の品質低下(単価安)につながるため、被害の防止に向けた対策が望まれています。
色落ち被害防止に向けて、栄養塩をめぐる黒ノリと植物プランクトンの関係に注目しました。黒ノリと植物プランクトンは、栄養塩をめぐって競合関係にあるため、植物プランクトンが大量に発生すると栄養塩が消費され、黒ノリに必要な栄養塩が不足し色落ちにつながります。
そこで、植物プランクトンの発生状況の目安となるクロロフィル量を測定できるセンサーを装備した観測機器を養殖漁場に配備し、その動向をモニタリングすることで、黒ノリの色落ちリスクを早期に養殖業者へ知らせる「色落ち早期警戒情報(色落ちアラート)」の仕組みを産学官が連携して構築しました。色落ち早期警戒情報は、漁場ごとのクロロフィル濃度をもとに色落ちのリスクが3段階(アラートなし、注意、警戒)で色分けされており、色落ちが危惧されるレベルの場合は早期の収獲を促すものとなっています(図7)。この色落ち早期警戒情報は、2022年漁期から伊勢湾の黒ノリ養殖業者に対してSNSで配信され、養殖管理への活用が進んでいます。
図7 漁場ごとに色落ちリスク(3段階:青・黄・赤)を配信する色落ち早期警戒情報
4. さいごに
三重県の黒ノリ養殖では、観測機器の導入により漁場環境を効率的に把握することができるようになってきました。今後、漁場環境にあわせた養殖管理の実践によって、黒ノリの生産性や品質をさらに向上させていくことが重要です。三重県では、引き続き、養殖業者と一緒に課題解決に取り組み、黒ノリ養殖の振興を図っていきます。
参考文献
- 農林水産省:平成15年~令和4年漁業・養殖業生産統計、2003-2022.
- 気象庁:潮汐観測資料、2020.