1. 鳥羽市水産研究所
鳥羽市水産研究所は全国的にも珍しい市営の水産研究試験施設で、昭和39年(1964年)に開設されて以来、主に黒ノリ、ワカメの種苗生産販売、養殖技術開発や漁場観測などを行ってきた地域密着型施設です。市内では生産者自身も自家用ワカメ種苗管理を行っているため、各家の種苗の健康状態などを巡回検査したり、個別相談への対応をしたりしながら、種苗生産に関する知識や経験のやり取りを相互に行っています。
2. 他機関との連携
令和2年(2020年)3月には同市小浜町に施設を新設し、鳥羽市内外の小中学校への海洋教育、修学旅行での体験学習、大学の講義や社会人研修などが開催できるようになり、漁業者に限定的ともいえた水産振興的役割を一般に広く展開できるようになりました。
同時期に海洋DXの積極的な展開を目指し、最新技術や先進事例の情報共有、新技術の共同研究、フィールドへの導入試験など社会実装推進を図るため、三重大学、鳥羽商船高等専門学校、三重県水産研究所、KDDI株式会社、株式会社KDDI総合研究所と当研究所の6者による連携協定を締結しました。また、令和4年10月には伊勢志摩地域に拠点がある三重大学、鳥羽商船高等専門学校、名古屋大学臨海実験所、三重県水産研究所、水産研究・教育機構水産技術研究所、株式会社鳥羽水族館、ミキモトグループとともに、海洋・水産にかかわる教育活動、研究活動および地域連携活動を通し、地域社会の発展に寄与することを目的とした地域連携プラットフォーム「伊勢志摩海洋教育研究アライアンス」を構築しております。
3. 黒ノリの色落ち現象
鳥羽市は冬場の漁業として、黒ノリ、ワカメなどの海藻養殖が盛んですが、近年、海水温の上昇や海水中の栄養塩濃度低下など、従来の養殖品種の生長生育や品質確保にとって困難な状況になっています。特に黒ノリ養殖現場では、以前より漁期終盤である春先になると藻体の褪色現象の「色落ち」が見られ、色落ちノリは色ツヤだけでなく風味も落ちることから、市場価値は当然低落するため、黒ノリ生産販売関係者の頭を悩ませています。特にこの15年ほど色落ちが収穫盛期から見られるようになり、最近3年ほどは収穫開始時期の12月中旬、そればかりか本養殖前育苗時期の11月に早くも色落ちが発生しています。これに対し、低栄養環境において褪色反応が鈍く、生長速度が損なわれないような特性を持つ品種作出の可能性を探るために三重県水産研究所と共に選抜育種を試みています。また、黒ノリ生産者などからの要望により、三重県は河川水を通じて沿岸海域の窒素やリン濃度を増加させるために、下水処理場の有機物分解能に関する管理運転を開始しました。鳥羽海域としては、溶存無機態窒素(DIN)が50μg/L以上、リン酸態リン(PO4-P)が10μg/L以上程度が理想ですが、まだ開始後2年程度であり、その2年の漁期も冬場の降雨状況や潮回りなどの条件が異なることもあり、望ましい栄養塩環境の変化はみられていません。このアプローチではノリ品質回復につながるような好適環境をもたらすことは難しいと感じています。
4. 生産者とIoT
これら低栄養塩環境への直接アプローチ以外にも、生産者自らが従来実施している対策があります。それは収穫サイクルを早めることです。色落ちの原因になる溶存栄養塩量の低下には、降雨日や時化日の減少により、陸域からの水平的な栄養塩供給や表層水と底層水の垂直的撹拌による表層への栄養塩供給が減少することだけでなく、栄養塩環境と表層水温や潮流などの兼ね合いにより栄養塩消費に関して競合的生物である珪藻の増殖による栄養塩減少も大きく影響しています。表層水中の珪藻を含む植物プランクトン密度の増加傾向を事前に予測することができれば、色落ちが加速する前に収穫することができる可能性があります。これまでは生産者が筏のロープに付着する珪藻の色調や量、海水の濁り、他の漁種や他の地域の漁業者からの情報などから経験的に栄養塩環境がうかがえるような海況を把握して収穫タイミングを判断していました。現在は三重県内各漁場に水温センサーとクロロフィル量測定器(植物プランクトン量を推定)を備えたIoT海洋モニタリングシステム「うみログ」(株式会社アイエスイー)を設置し、データを漁期中は登録漁業者各自に毎日送信、さらには三重県漁業協同組合連合会、三重県水産研究所、鳥羽市水産研究所からは天気や衛星画像から得られる海況予測情報なども適宜共有できるようになっており、最終判断は漁業者であるが、収穫タイミングを計るための選択肢は増えています。これらの情報を巧みに利用して、色落ちが進行し、黒ノリ藻体表面に付着珪藻が付いて商品価値が著しく損なわれる前に少しでも早く収穫するなどして品質維持に努力しています。
5. 磯焼け現象
現在、日本各地で海藻群落(藻場)の衰退や消失現象が進行しており、「磯焼け」と呼ばれています。磯焼けは古くから知られている現象ではありましたが、地球温暖化やそれに伴う藻食魚類やウニ等の増加、活動時期の長期化、活動域の変化、そして海中の浮遊有機懸濁物の増加などに伴い、近年、磯焼けは広範囲に進行し、また藻場の自然回復もなかなか見られない状況になっています。これにより沿岸生態系に変化をもたらしているばかりでなく、水産資源にも深刻な問題となっています。太平洋岸中部域でも静岡、愛知はもちろん、三重県南部でも磯焼け海域は広がっています。そのような状況下において、鳥羽海域では奇跡的に藻場が残っているが、その鳥羽海域でも近年では藻食魚類による食害などによる藻場衰退がみられる場所が増えています。
6. 磯焼け対策
この状況に対して、鳥羽磯部漁業協同組合答志支所や菅島支所の青壮年部などが藻場再生活動として、10年以上前から藻場構成種のひとつである大型褐藻サガラメの種苗設置を実施しています。これらに使用するサガラメ種苗の生産は当研究所が行い、現場指導や地域の小中学生への海洋教育なども同時に行っています。地域の子どもたちにこの海域の海藻群落が果たしている役割やそれを取り巻く環境などを知ってもらうにはこれ以上ない体験だが、この活動による新規サガラメの加入量の増加はみられていません。これら地域では天然藻場が比較的良く残っているため、この結果は深刻に受け止められてはいませんが、天然藻場が残されているうちに実施方法の改良を試みたほうが良いでしょう。また、食害生物駆除ということでムラサキウニの素潜り漁での捕獲が小規模ながら行われています。これは全国的にも比較的よく知られた藻場の保護活動でありますが、鳥羽海域においてムラサキウニの異常増殖はほとんど見られておらず、また、ムラサキウニによる食害被害がどれほどあるのかもよくわかってはいません(藻食魚による食害は目立っているが)。
7. 技術以前の問題
これら磯焼け対策に関しては藻場再生技術上の問題だけでなく、それを実施する組織やチームの問題が大いに関係してきます。当該海域だけでなく周辺海域の藻場などの情報を集め、磯焼けの現状と主たる要因は何と考えられるか(要因次第では何をやっても無駄ということはありえる)、どのような藻場を保全、再生したく考え、どういう場所に何をすれば良いか、経過観察をどのように実施し、その結果を反映できるような活動体制を作ることができるかが大事になってくるでしょう。このことは、言うは易く行うは難しであり、実際にはそのように進めていくことは極めて難しいものです。再生したい藻場のビジョンにおいて漁業者は「以前と変わらぬ漁獲が得られるような環境」を欲するでしょう。しかし、変化している地域沿岸環境がその希望を叶えられるとは限りません。また、地域外からの技術的、学術的、運営的な支援者にとってそのビジョンを持つことこそが難しいでしょう。鳥羽市水産研究所はその部分において橋渡し的な役割を果たすことが可能であると考えています。今のところ鳥羽海域は早急な藻場再生が必要とは見られていませんが、理想的な体制を整え、モニタリングと柔軟な対策ができるように心がけることが重要となってきます。