1. 調査研究の背景
潜水業務は労働安全衛生法で危険有害業務に指定されており、規則によって様々な安全基準が定められています。しかしながら、それらは安全を担保するものではなく、遵守すべき最低基準であることから、実際に行われている潜水業務の安全性は、業務の結果から評価する必要があります。評価指標の一つに労災死亡災害件数があります。すなわち、死亡災害が多ければ、その業務の安全性に懸念が生じることになります。厚生労働省では、労災死亡事故件数と事故の概要について公表しており1)、平成24年から令和3年までの10年間では、潜水業務における死亡災害は35件報告されています。これらのうち、水産漁業関連は16件、工事作業関連は16件、その他が3件となっています。水産漁業関連で最も多かったものは養殖関係で6件でした。一方、工事作業関係で代表的な港湾整備関係は4件でした。養殖場での死亡災害と港湾整備におけるそれを比較すると、港湾整備では、4件の内2件は、消波ブロックとの激突とクレーン・ワイヤーへの巻き込まれが原因であり、溺水は2件でした。港湾整備には様々な作業があり、他工事との共同作業や波浪、潮流、大深度等の厳しい条件下での作業が少なくないことから、これらが溺水の原因と考えられます。
養殖場における災害6件は全て溺水であり、5件はイケス内での作業によるものでした。イケスは、比較的穏やかな海域に設置されており、水深もあまり深くないことから、環境条件が原因となった可能性は低いと考えられました。また、養殖場での潜水業務では、クレーンや他の重機など使用して作業することはほとんどなく、それらによって直接または間接的に影響を受けることも有りません。これらから、養殖場における潜水業務には、潜水環境や作業条件ではなく、潜水自体に問題があるのではないかと考えられました。
2. 養殖における潜水業務の調査方法
我が国には、養殖場での労働衛生に関する報告は少なく、潜水業務に関する知見も十分ではありません。そこで、養殖場での潜水業務の実際を明らかにするために、養殖現場を訪問して、潜水業務の状況を観察するとともに、潜水作業者や管理者と面談し、養殖場での潜水業務の実際について調査を行いました。調査対象は、生産量の多い、ブリ、カンパチおよびマグロの養殖場としました。潜水業務の状況を知るために、潜水作業者に潜水記録計(ReefNet社 Sensus Ultra Dive Data Recorder)を携行させ、潜水業務における経時的な水深の変化、すなわち、潜水プロファイルを調査しました(図1)。また、潜水作業者および潜水管理者と面談し、潜水業務の問題点等に関して、聞き取り調査を行いました。これらの調査から、養殖場での潜水業務における特異性を検討しました。
3. 潜水業務調査の結果
ブリ養殖場4ヶ所、カンパチ養殖場1カ所、マグロ養殖場1カ所の計6カ所で調査を実施しました。調査した全ての潜水業務は、イケス内で行われました。潜水業務の目的は、斃死魚の回収とイケスの点検が主なものでしたが、マグロ養殖場では、潜水作業者によってマグロの捕獲が行われました。潜水プロファイルの記録から、全ての潜水業務で、短時間の潜水を高頻度で繰り返し行う、いわゆるyo-yo(ヨーヨー)潜水が行われていることを確認しました。
調査した潜水プロファイルを示します。図2は、ブリ養殖場Aでの潜水業務のものです。図からも明らかなように、281分間で55回の潜水が行われました。潜水回数は、潜水作業者が担当したイケスの数です。すなわち、55カ所のイケスで作業を行いました。水面時間は、イケス間の移動時間です。イケスは隣り合う形で設置されているため、ほんの数分で次の潜水が始まることになります。
図3は、ブリ養殖場Bで行われた潜水業務の潜水プロファイルです。この養殖場には、大小2種類のイケスがあり、これは小型でイケスでのものです。このときは、113分間で27回の潜水が繰り返し行われるyo-yo潜水でした。1回の潜水時間は、平均約73秒、水面時間は約192秒でした。
図4は、ブリ養殖場Bの大型イケスにおける潜水プロファイルです。大型イケスは、四角形で一辺が30メートルと大きいため、潜水時間は約322秒となっています。また、水深も最大25.6メートルと小型イケスの場合よりも深くなっています。大型イケスは数が少ないため、このときは5回のyo-yo潜水が行われていました。
図5は、マグロ養殖場での潜水プロファイルです。マグロ養殖場での潜水作業は、マグロの捕獲を目的としていました。注文のあった大きさのマグロを水中で視認し、捕獲機で捉え、水面まで運ぶという作業になります。このときは、82分間で33回のyo-yo潜水が行われました。潜水業務後半では、目的のマグロが深いところにいたため、潜水深度が深くなっています。
4. 調査結果に対する考察
今回調査した養殖場での潜水作業は、すべてyo-yo潜水が行われていました。これは、港湾整備などの一般的な潜水作業で用いられている一定の深度下で所定の潜水を行う、所謂字箱型(矩形)潜水とは、大きく異なる点です(図6)。現在利用されている潜水の安全基準は、この箱型潜水を前提としています。潜水に特有の障害である減圧症は、潜水中の体内への不活性ガス溶解蓄積によるものと考えられており、箱型潜水による経験からその蓄積量は、潜水深度と時間によって決定されています。これに従えば、yo-yo潜水では単回の潜水は極短時間であり、不活性ガス蓄積量は僅かなため、浮上時に減圧停止を必要としない(無減圧潜水)ことから、回数を重ねても安全に問題を生じないことになります。同様の潜水作業は、諸外国の養殖場でも行われていますが、問題無しとする報告2,3)がある一方で、重篤な中枢神経系の減圧症事例も報告されています4,5)。また、動物実験においても、yo-yo潜水は中枢神経系の障害を伴う重篤な減圧症を引き起こす可能性があることが示唆されており6)、yo-yo潜水の安全に関する評価は定まっていません。しかしながら、重篤な減圧症は後遺症の可能性が高く、被災者の社会復帰やQOL(Quality of Life)に大きく影響することから、yo-yo潜水による減圧症リスクを評価し、養殖場での潜水作業を安全に実施するための基準の策定が必要です。
参考文献
- 死亡災害データベース.職場の安全サイト.https://anzeninfo@mhlw.go.jp
- Wilcock SE, Cattanach S, Duff PM, Shields TG.The incidence of decompression sickness arising from diving at fish farms. Proceedings of XVIIIth EUBS annual meeting. Basel,Switzerland;191-195, 1992.
- Smart DR, Van den Broek C, Nishi R, et., al. Field validation of Tasmania`s aquaculture industry bounce-diving schedules using doppler analysis of decompression stress. Diving Hyperb Med.; 44: 124‒136, 2014.
- Douglas JDM, Milne AH. Decompression sickness in fish farm workers: a new occupational hazard. BMJ.; 302: 1244-1245, 1991.
- Westin AA, Asvall J,Idrovo G, Denoble P, Brubakk AO. Diving behaviour and decompression sickness among Galapagos underwater harvesters. Undersea Hyperb Med.; 32: 175‒184, 2005.
- Ofir D, Yanir T, Mullokandov M, Aviner B, Arieli Y. Evidence for the infiltration of gas bubble into arterial circulation and neuronal injury following "yo-yo" dives in pigs. J appl physiol.; 121: 1059-1064, 2016.