1. はじめに
私は日立造船株式会社の職員であるとともに、2020年9月に大阪府立大学大学院に社会人ドクターとして入学しました。大学院では、CAINESのセンター長である二瓶先生の指導を受けて牡蠣養殖の研究に取り組みました。そして、2024年3月に博士後期課程を修了しました。本稿では、その研究結果の一部をご紹介致します。
2. 牡蠣の養殖方法および課題
牡蠣の養殖方法として、日本では垂下式養殖が主流です。垂下式養殖とは、ロープに等間隔に配置されたホタテの貝殻に牡蠣を付着させて生育する方法です。ホタテ貝と牡蠣が一体となった塊はグロと呼ばれ、それらの接続ロープと併せて垂下連と呼ばれます。また垂下連を吊るす方法によってさらに細かく分類され、例えば図1のようにブイとブイを繋ぐロープに垂下連を吊るす方法は延縄式と呼ばれます。本研究では、この延縄式養殖施設を対象としました。
牡蠣養殖は台風等の災害のリスクが高く、養殖期間中に大型の台風が襲来すると垂下連の動揺量が大きくなり、複数の垂下連が絡まることがあります。この場合、ロープに過剰な張力が働くことで破断し、垂下連が海底に落下する可能性があります。
3. 垂下連が絡まる要因の仮説
本研究では垂下連が絡まる現象の原因を追究しました。垂下連が絡まる現象は、様々な環境要因と牡蠣養殖施設の条件が複雑に関連して発生します。例えば、ある垂下連Aの抗力係数が大きく、隣の垂下連Bの抗力係数が小さい場合には、垂下連Aの方が波浪や潮流の影響を受けやすくなります。このように、それぞれの垂下連が持つ諸条件(大きさ、質量、付加質量係数、減衰係数および慣性力係数など)のばらつきが絡まる現象に大きく影響します。したがって、“垂下連が絡まるかどうか”を評価する場合には複数の垂下連の諸条件にばらつきを与えることが必要不可欠です。一方で、本研究では“垂下連が絡まりやすい海象条件は何か”に着目しました。
垂下連の諸条件は牡蠣の成長過程で決定されるものであり、意図的に全ての垂下連で諸条件を統一することは困難です。しかし、垂下連が絡まりやすい海象条件が分かれば、例えば以下のような対策を立てることが出来ます。
- 悪条件の波周期や波高が分かれば、その条件が生じやすい海域には設置しない
- 垂下連が絡まりやすい波向き・風向・流向が分かれば、その向きに垂下連を整列させない
以上を踏まえて、海象条件に関して下記3つの仮説を挙げました。
- 垂下連の曲げ振動の固有周期と同じ周期の波が到来したときに共振し、垂下連の水平変位量が大きくなる。
- 短波長の波が到来したときに隣り合う垂下連の運動の位相差が大きくなる。
- 様々な波向きと風向の条件の中に垂下連が絡まりやすくなる組み合わせが存在する。
4. 仮説の検証方法
仮説(1)~(3)を検証するために、延縄式養殖を模擬した解析モデルにより時刻歴応答解析を実施しました。解析モデルを図2に示します。隣り合う垂下連との水平距離は一般的に0.5~1.0m程度であり、ここでは0.8 mとしました。また、水深や垂下連の長さは海域によって異なりますが、それぞれ5.0m、3.0mとしました。時刻歴応答解析において発生させる波および風の向きをそれぞれθwave、θwindと定義しました。
“垂下連の絡まりやすさ”を評価する場合、垂下連の絡まりの発生有無のみを評価項目とすることは適しません。なぜなら解析結果は絡まりの“発生有り”あるいは“発生無し”の2種類のみに限定されるためです。そこで、垂下連が絡まる可能性の高さを示す指標として、隣り合うグロとの距離ξを定義しました。図2における3本の垂下連を左側から順にA、B、Cとし、グロを鉛直上方から順に1~10と定義しました。よって、例えば垂下連Aにおける最上部のグロと垂下連Bにおける最上部のグロの距離はξ1ABであり、垂下連Bにおける最下部のグロと垂下連Cにおける最下部のグロの距離はξ10BCです。なお、ξ1AB~ξ10ABおよびξ1BC~ξ10BCは時々刻々と変化する変数であり、解析時間内の最小値をξ1ABmin~ξ10ABmin およびξ1BCmin~ξ10BCminとしました。また、ξ1ABmin~ξ10ABminおよびξ1BCmin~ξ10BCminら20種類の変数の中での最小値をξminと定義しました。ξminが小さくなるほど垂下連が絡まるリスクが高くなるため、ξminを指標として垂下連の絡まりやすさを評価しました。
図2に示した解析モデルをOrcaFlex1)にて図3のように再現しました。田村ら2)により実施された強制動揺試験および抵抗試験にて、グロの付加質量係数、減衰係数および抗力係数が計測されました。本解析ではそれらの数値を用いました。
5. 仮説の検証結果
まず仮説(1)、(2)の検証について述べます。解析条件を表1に示します。ここで、Hは波高、Tは波周期を表します。波周期を変数とし、ケース名をCaseNo.1としました。規則波中の時刻歴応答解析により、垂下連の動揺特性を検証しました。事前に実施した固有値解析の結果、垂下連の1次および2次振動モードの固有周期はそれぞれ5.5s、2.4sであったため、それらを含む範囲の波周期を設定しました。また、解析時間刻みを0.01s、解析時間を120sとしました。CaseNo.1の解析結果を図4に示します。固有周期に近い波周期の条件下であっても、ξminは小さくならない結果でした。これは、固有周期による共振現象が発生する場合でも、隣り合う垂下連が同じ運動をするためであると推測されます。また、図4より波周期が短いほどξminが小さいことが分かります。これは波周期が短いことで隣り合う垂下連との位相差が大きくなるためと推測されます。したがって、仮説(2)は正しいと言えます。次に、仮説(3)の検証について述べます。解析条件を表2に示します。ここで、vwindは平均風速を表します。CaseNo.2では、外乱として不規則波と非定常風を発生させました。また、解析時間刻みを0.01s、解析時間を3600sとしました。
CaseNo.2の解析結果を図5に示します。θwave =0deg、つまり垂下連の整列方向に波が入射する場合にξminが最小で、θwave=90degの場合にξminが最大となりました。また、θwave=45,90degの場合にはθwave=θwindの場合にξminが最小であることから、波と風が同方向の場合に垂下連が絡まりやすくなることが確認されました。また、垂下連全体の運動を確認すると、下端のグロは変位量が大きく、隣り合うグロとの最小距離が最も小さくなりました。
6. おわりに
垂下連が絡まりやすい海象条件として3つの仮説を挙げ、時刻歴応答解析で検証しました。その結果、以下の知見が得られました。
- 短波長の波が到来したときに隣り合う垂下連の運動の位相差が大きくなり、垂下連が絡まりやすくなる。
- 波が垂下連の整列方向に入射する場合に垂下連が絡まりやすくなる。
- 隣り合う垂下連の下端のグロの距離が最も小さくなりやすい。
“垂下連が絡まりやすい海象条件は何か”に着目して様々な波浪条件下で数値解析を実施し、垂下連は絡まらない結果でした。“垂下連が絡まるかどうか”に着目する場合は、波高を大きくして垂下連の変位量を大きくするか、あるいは複数の垂下連の諸条件にばらつきを与えることが求められます。
参考文献
- Orcina:OrcaFlex version11.2d,www.orcina.com.
- 田村 大樹、二瓶 泰範:垂下式カキ養殖施設の台風被害に関する研究、日本水産工学会学会誌、60巻、3号、pp.95-103、2024.