簡単操作で高密度!餌料藻類培養装置でできること

株式会社東京久栄 技術本部 矢代 幸太郎

1. 研究背景

 近年、養殖による魚介類の生産は大きな注目を浴びています。SDGsの目標14「海の豊かさを守ろう」に照らしても、養殖による海洋資源への配慮は喫緊の対応が必要な分野となっています。当社は長年にわたって水産施設設計、水産生物試験等に取り組んでおり、その中でも特に陸上養殖において社会に寄与したいと考えています。
 一般的に、陸上養殖されている水産物には魚類、エビ類、貝類、ウニ類などがあり、種苗生産は多様な魚介類で行われています。このうち二枚貝については、種苗生産のみを陸上で行い、比較的早期に稚貝を海面に出して無給餌養殖する方法がとられています。二枚貝は成長に伴い必要な餌(微細藻類)の量が桁違いに多くなるため、微細藻類の大量培養が技術的・経済的に難しい現状においては、稚貝を早期に沖だしする方が合理的なのです。しかし、もし手軽に微細藻類の大量培養が実施できたらどうでしょう。中間育成できれば、沖だし時の生残率は飛躍的に高まるでしょう。優良な母貝の系統保存、育種なども手軽にできるようになるかもしれません。
 そこで当社は、微細藻類を安価で安定的に大量に供給する方法を確立しようと考えました。微細藻類の大量培養に関わる要素をリストアップして、培養設備の操作性、培養スペースなども踏まえながら、東京海洋大学の協力を得て徹底的な合理化を進めてきました。具体的には、「導入コストが低く、操作が容易な培養装置の開発」、「増殖速度が速く、高密度で培養できる株の樹立」、「培地等、ランニングコストの低減」の3つの観点から検討を進めました。

2. 餌料藻類培養装置の開発

 餌料藻類培養装置の開発コンセプトは、「いつでも、どこでも、誰でも、簡単に餌料藻類を培養できる」です。現在、4.5L、25L、100L、250Lと4サイズで商品化されています(図1~3)。大きな特徴の1つは、内側に培養水槽、外側に水温調整水槽という、2重構造にしたことです。水温調整水槽の水温を変化させることで、培養水槽の温度を間接的に自動で調整します。微細藻類へのダメージがなく、細胞密度が上がるとともに、エアコンでの水温調整が不要です。水温調整水槽の外側には、LEDライトを設置しました。藻類の種類や培養日数に応じて光量を調整でき、太陽光の利用と異なり場所や季節を選びません。また、pHをモニタリングして、最適なCO2を自動で添加するようにしました。このように、培養の要所を自動制御にすることで、作業負担の少ない簡単な操作のみで、微細藻類を安定的に高密度で培養できるようになりました。

図1 藻類培養装置(25L)

図2 藻類培養装置(250L)

図3 藻類培養装置の性能

3. 増殖が速く高密度になる藻類株

 キートセロス(Chaetoceros sp.)は、二枚貝、クルマエビ、ガザミなどの種苗生産に用いられる微細藻類です。当社が沖縄県の海水から単離したキートセロス属の一種(Chaetoceros tenuissimus)は、試験管での培養速度が最大7.3day-1と、既往知見に照らしてみても世界最速レベルです(参考文献)。培養装置を使った大量培養では、3~4日で1000万細胞/mLと高密度に増殖します(図4)。

図4 東京久栄オリジナル株(Chaetoceros tenuissimus)の増殖速度

4. 餌料藻類を培養する条件の検討

 一般に流通している培地は多種多様な藻類を培養できますが、育てたい種類によっては不要な成分が含まれているかもしれません。そこで、キートセロスにターゲットを絞り、キートセロスに特化した安価な培地を開発しました。普及している培地の成分を1種類ずつ取り除き、キートセロスが増えなければその成分は必須と判断する方法で必要不可欠な成分を特定しました。その結果、15種類前後の成分を9種類に削減し、水産現場で使用されている培地と比較して約30%まで費用を低減できました。
 あわせて、キートセロスが効率的に増殖する最適な培養条件を、東京海洋大学との共同研究により特定しました。ここで条件とは、光強度、塩分、水温、CO2供給量、pH、エアレーション方法、滅菌方法、有機物添加量などです。

5. コスト試算と今後の課題

 以上の検討の結果、微細藻類キートセロスを、安価で安定的に大量に供給することが可能となりました。次に、開発した装置・条件がもたらす効果を具体的に検証します。
 まず、「キートセロスを自前で培養している二枚貝種苗生産施設の培養コスト削減に寄与するか」を検証します。1トン水槽40基に毎日3万細胞/mLとなるように餌料藻類を給餌するとします。同じ量の餌を、5Lフラスコと250L培養装置とで作った場合を比べたものが、表1です。大きく異なるのは人件費です。培養装置は準備と使用後の清掃に最も手間がかかりますが、1サイクルの平均作業時間は2時間/日以下です。フラスコ培養よりも労力が減り、人件費を低減できるので効果が期待できます。
 次に、「年間水揚げ高1000万円規模のマガキの完全陸上養殖事業を行う場合に、その餌料を賄えるか」を検証します(斃死リスク等の課題は無視します)。衛生管理できる(当たらない)カキのブランド展開を図り、500円/個で水揚げできるとすると、年間水揚げ高1000万円のためには2万個体/年の出荷が必要です。カキの成体は1000万細胞/mLの藻類を50mL/個体/日摂餌するとして、2万個体が同時に成体になると、毎日、1000Lの餌料藻類が必要です。仮に出荷時期をずらすことで平均500L/日(半量)の餌料藻類で足りるとしても、年間では180トン以上の餌料藻類が必要ということになります。この量の餌料藻類を購入する場合、流通相場では5500万円程度かかるため、水揚げ高からみて割に合いません。一方、開発した装置・条件では、キートセロスは4日で培養できるので、常に2000L規模で藻類を生産し続ければ需要を満たせます。100Lの装置なら20台、250Lの装置なら8台の運用で実現できる計算です。海水が入手できる場所であれば、培地代5万円、電気代60万円、水道代ほか15万円と計80万円/年程度のランニングコスト(ただし人件費は除く)で、年間水揚げ高1000万円のマガキ陸上養殖事業の餌料が賄えます。このような事業を推進するために、装置の導入費を低減する工夫を進めていきます。
 さらに開発した装置の「いつでもどこでも誰でも」というコンセプトを生かした、新たな取組について考察します。1点目は「漁協レベルで行う二枚貝の種苗生産の実現」です。培養装置は小規模なものを用意できるため漁協レベルでの利用が可能です。地場の母貝を使った種苗生産ができれば、地場産アサリ、地場産ハマグリ等のブランディングによる高付加価値化が見込めます。2点目は「二枚貝の畜養」です。もし畜養時に給餌できれば、身痩せせず高品質な状態で出荷日をコントロールできます。荒天が続く時季の出荷調整や、消費の集中にあわせた出荷調整が考えられます。

6. まとめ

 二枚貝の餌として有用な微細藻類を、安価で安定的に大量に供給する方法を確立しました。開発した培養装置は、操作が容易なうえに、高密度培養が可能でスペースを取りません。培養条件の管理により、培養が難しい種も安定的に培養できることが特徴です。
 今後の展望としては、水産餌料供給の大幅な効率化を目指し、特に中小企業や中小規模の種苗生産施設において社会実装を図りたいと考えています。また、キートセロス以外にも多種類の藻類を培養できるので、そのような藻類の活用方法についても検討していきたいです。

7. 謝辞

 この研究は、東京海洋大学片野俊也教授との共同研究として実施しました。また、藻類培養装置の検討は、令和2年度新製品・新技術開発助成事業(公益財団法人東京都中小企業振興公社)の支援を受けて実施しました。ありがとうございました。

参考文献

Ichimi, K., T. Kawamura, A. Yamamoto, K. Tada and P. Harrison, Extremely high growth rate of the small diatom Chaetoceros salsugineum isolated from an estuary in the eastern Seto Inland Sea, Japan: Journal of Phycology 48(5) pp.1284-1288, 2012