1. 大学発ベンチャーをとりまく環境
国をあげてスタートアップ創出施策を実施しており、文科省だけで約1000億円規模の予算(R4)を確保し、大学等のスタートアップ創出に非常に力をいれています。
2. 起業に関する基礎知識
起業について代表的な単語をいくつか説明します。注意点として、変化が大きい業界であり、人によって定義や認識も違います。1,2年で情報が陳腐化することはご了承ください。
大学発ベンチャーおよびディープテックスタートアップの関係を図1に示します。
● 大学発ベンチャーとは
経済産業省の定義では、① 研究成果ベンチャー②共同研究ベンチャー③技術移転ベンチャー④学生ベンチャー⑤関連ベンチャーの5種類です。この中で、大学の知財が絡んでおり、研究開発を伴うものは、①②③となっており、研究開発型ベンチャーと呼ばれています。
● ベンチャーとスタートアップ
ベンチャー(新規事業をする企業)のうち、特に新たな技術やビジネスモデルを用いて事業活動を行う成長意欲の高い企業がスタートアップと呼ばれます。次に挙げる3点①イノベーション②急激な事業成長③出口戦略(EXIT)が伴っているかで判断されます。
● ディープテックスタートアップとは
経済産業省ではディープテックを、”科学技術で、その事業化・社会実装を実現できれば、国や世界全体で解決すべき経済社会課題の解決など社会にインパクトを与えられるような潜在力のある技術。”と定めています。ディープテックを使ってスタートアップする企業が、ディープテックスタートアップです。
● 資金調達方法
代表的な資金調達方法の3つを提示します。これらの他にエンジェル投資やクラウドファンディング型投資などもあります。
①エクイティファイナンス(Equity Finance):VCや事業会社などの投資家に、投資をしてもらうことによる資金調達のことです。投資家が将来的に株が上昇することを信じてスタートアップの株を、そのタイミングでの株価で取得し、株価に相当する資金を渡します。将来的に株式上場やM&Aをした際に、購入時の株価と売却時の株価で利益を得ます。
②デットファイナンス(Debt Finance):金融機関から融資してもらうことによる資金調達のことです。国策により個人保証が不要になったり、融資を受けやすい環境にはなってきています。ですが、ディープテックスタートアップのような売上が数年後のようなビジネスモデルは融資を受けにくい実態はあります。
③自己資金:自身の資産を会社に入れることです。
● 投資ラウンド(調達ラウンド)
シードラウンド:初期資金調達です。融資で調達したり、助成金や研究などで調達することもあります。アイデアやプロトタイプの作成、初期の市場調査が目的です。
シリーズA:製品の市場投入や予期の成長を支援するための資金調達です。ビジネスモデルの確立と顧客基盤の拡大が目的です。
シリーズB:さらなる成長と拡大のための資金調達です。市場シェアの拡大や新市場への進出が目的です。
シリーズC:企業の成熟期の資金調達です。大規模な成長やM&Aの資金、EXITのための準備、国際展開が目的です。
3. 大阪公立大学発スタートアップ企業(株)ロボティクスセーリングラボの誕生
CAINESの中で何度も取り上げてきたロボセンですが、大阪公立大学と日本海工株式会社との共同事業の中で取得した複数の特許で構成されています。所謂、技術移転した典型例です。これによって定点観測ブイでは知り得なかった海面養殖場等の広範囲の実測データ取得という一つの課題解決を果たすようになりました。
養殖場の課題のもう一つは海面養殖における餌やりの重労働と言えます。これを解決する手段としてロボット技術の応用が重要であると思います。そこで二瓶等は2021年度より国の補助金を受けてロボット漁船の研究開発を始めました。このロボット漁船の研究開発のフェーズ1はCAINES Journal No. 3の中で述べてきました(文献5)。2022年度に農林水産省関連の生物系特定産業技術研究支援センター(BRAIN)からSBIR(Small/Startup Business Innovation Research)制度のフェーズ2の資金を受け、さらにロボット漁船の研究開発を続けてきました。フェーズ2まではロボット漁船の要素技術に関わる研究開発でした。2023年度は構築してきた技術シーズを海上での実証試験に繋げる段階となりました。
ここで大きな問題が立ち塞がります。「技術移転先が見つからない。」2023年の1月から3月にかけて様々な交渉をしましたが、全ての交渉は失敗に終わります。実証試験には新たに大きな資金も必要となりますし、開発人材も必要となります。その労力はかなりのものというのも想像に難しくありません。今思えば技術移転失敗は仕方がないことかなと思います。大学内での研究開発の現実に直面した瞬間でした。ここで立ち止まってしまったら顕在化する社会課題を解決することはできません。そこで、右も左も分からないながら本稿の筆者の一人である二瓶は(株)ロボティクスセーリングラボを創業することとなりました。2023年4月13日のことです。
BRAIN SBIRフェーズ3はフェーズ2までの技術の完成度に加えて研究者自身の起業やVC(Venture Capital)からの出資を条件として進める制度です。こうして2023年7月のステージゲート通過に向けた仕事が始まりました。「VCとの交渉」です。いくつものピッチを行い、LightUpVenturesからの出資を受けることとなりました。創業間もない企業にとっては伴走支援が重要となります。新たな公的研究開発資金、金融機関からの融資のタイミング、シリーズAやシリーズBといった次の大きな資金調達、直近や数年後の開発スケジュール等、外部からの適切なアドバイスが欠かせません。VCはそのような観点から選択することとなりました。2023年6月27日、Light Up Venturesとの契約を終え、7月1日ステージゲートを通過し、フェーズ3に移行することが出来ました(図2ロボティクスセーリングラボ関係者一同)。
フェーズ3ではロボット漁船実機で使うことが出来るモジュール部(制御部)の研究開発を終える予定です。一方で、実証試験や実機製造は新たな資金が必要です。そこで、一般社団法人マリノフォーラム21 養殖業成長産業化提案公募事業へ応募することとなりました。幸いにして、2024年2月、この公募にも採択され、現在は「自動給餌機への餌補給船-ロボット漁船-の実機開発と実海域実証試験」ということで三重県大紀町錦湾(図3)での実証試験を実施していくことになりました。7mのロボット漁船実機を製造(図4)し、実証試験を繰り返していくことになっています。この先、10m、16mのロボット漁船の開発が待ち受けていますが、スタートアップ企業の技術開発力を如何なく発揮して養殖漁業の高度化の一翼を担っていきたいと思います。
参考文献
- 経済産業省:大学発ベンチャーhttps://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/start-ups/start-ups.html
- 参議院事務局 企画調整室(調査情報担当室)https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/keizai_prism/backnumber/r04pdf/202221401_1.pdf
- 産創館マガジン
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20240228.html - 経済産業省:ディープテック・スタートアップ支援事業について
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/026_0
5_00.pdf - 二瓶泰範、阪本啓志.養殖場における自動給餌機の為の自動補給船-ロボット漁船-の研究開発.CAINES Journal、No. 3、pp30-31、2022.