図3 麻袋の設置作業の様子
1. はじめに
七尾湾は、能登半島の東に位置する日本海側で最大の閉鎖的内湾です(図1)。七尾湾では、かつて日本海側で最大規模の海草アマモの群落(アマモ場)が分布し、豊かな内湾の生態系が形成されていました。しかし近年では、海水温の上昇、海底の富栄養化・泥質化などが相まって、七尾湾の環境に大きな変化が生じています。能登の森里海研究会は、七尾湾にかかわる様々な立場の人々が、連携して七尾湾の環境回復に向けて努力するための足がかりとして、2018年に結成しました。ここでは大きな変貌を遂げつつある七尾湾のアマモ場の現状と2019年から開始したアマモの増殖に向けた取り組みについて紹介します。
図1 七尾湾の位置図 (右図の矢印で示す枠はアマモ場造成海域)
2. 七尾湾のアマモ場
アマモは沿岸の海底に地下茎を伸ばして生育する種子植物です。アマモは海中や海底の栄養塩を吸収・固定するほか、静穏域の形成や酸素の供給、豊かな生物群集の形成などに大きな役割を果たしています。七尾湾のアマモ場の多くは、水深が浅く波が穏やかな西湾に分布しています。その変動についてみると、1 9 9 0 年に行われた調査では、西湾には1,258haのアマモ場の分布が報告されていますが、2011年の再調査では分布域が1,042haに減少していることが分かりました。その後、2018年行われた調査では、西湾を含む七尾湾地区全体のアマモ場面積は1 9 9 0 年の約40%に相当する768.8haまで大きく減少したことが報告されています。また、公益財団法人環日本海環境協力センターが七尾西湾全域で実施しているアマモのモニタリング調査でも、繁茂期の6月に高い分布密度(アマモが海底を覆っている割合が26%以上の場所)が観察された地点数は2020年に全調査点の31%あったものが、2021年には13%、2022年と2023年には7%にまで減少したことが報告されています。これらの結果からは、七尾湾のアマモ場が近年減少を続けている状況が明らかです。一方で、生育するアマモ自体にも変化がみられています。先述した2 0 1 1 年の調査では、それまで地下茎と草体(栄養株)の一部は越夏して繁殖を続ける多年生と理解されてきた七尾湾のアマモが、場所によっては夏季にすべて枯死し、秋には種子から発芽・生育した実生個体だけのアマモ場が形成されていることが確かめられました。
多年生アマモは夏季の30℃を超える高水温により枯死したと考えられました。さらにその後の調査で、実生個体は翌春に種子を作る花枝(生殖株)を伸ばして濃密なアマモ場を形成するが、その多くは初夏に枯死・流出することが明らかとなりました。これらのことを総合すると、七尾湾のアマモ場では、面積の減少と多年性株の減少が相まって、元来そこで発揮されてきた海の生き物に対する保育場としての機能や餌料供給機能、物質循環機能など様々な重要な機能が失われつつあることが危惧されます。
3. アマモの増殖に向けた取り組み
我々がアマモの増殖活動を開始した2019年は、まさに七尾湾のアマモ場の衰退が顕著となり始めた時期であったといえます。アマモの種子は初夏に流出するアマモの枝(花枝)から比較的容易に採取できます。そこで、まずはこれを生育適地に蒔いて(播種して)人為的にアマモ場を作る試みを開始することにしました。これは夏季の水温上昇から多年生アマモの生育環境が厳しさを増す中で、実生個体(1年生)のアマモ場を人為的に作り出そうとする取り組みです。
3.1 種子の採集と管理
七尾西湾では、6月に種子を付けたアマモの枝(花枝)の流出がピークを迎え、潮目や護岸に多くの花枝が集積します。しかし、この段階の種子はまだ成熟が進んでいないため、採集した花枝は成熟した種子が放出されるまで海水中で管理する必要があります。我々は、陸上に水槽を設置して採集した花枝を収容し、通水を行いながら種子の成熟を待ち、8月上旬に沈下・成熟した種子を回収しました(図2)。回収した種子は濃塩水で選別を行った後、小型容器に収容して播種まで冷蔵庫内で管理しました。なお、2001年から2003年は発芽率の向上を目的として、播種前の種子に1日から3日間の淡水処理を行いました。
3.2 播種の方法
アマモ場の造成海域は、アマモ群落が存在し、作業や観察がしやすい水深1m前後の砂泥域が分布する七尾西湾の舟尾川河口域に選定しました(図1に矢印で示す地点)。播種に際しては、波浪による種子の流出を防ぐため、砂を入れた麻袋(0.9m×0.6m)の内部におよそ1,000~2,000粒の種子を散布して麻袋を鉄杭で海底に固定する方法で実施しました。播種に際して困難で重要な作業となる麻袋の固定作業は、日本航空高校石川潜水部の皆さんの全面的な協力により実施することができました(図3)。播種活動は10月初旬から11月中旬に実施しました。
3.3 追跡調査
播種後のアマモの生育経過は、水中カメラを播種海域に垂下して撮影したビデオ映像から確認しました。2019年から2023年まで5回の播種活動後のアマモの生育状況を観察したところ、各回とも種子の発芽は播種から約1か月後には確認されましたが、多数の発芽(麻袋1袋あたり数百本)が確認され、その生育が翌年夏季まで追跡できたのは残念ながら初年度の2019年だけでした。2020年には麻袋からの発芽数が数本程度に減少し、春になっても草体の伸長がみられず、2021年からは発芽率向上のため種子に淡水処理を行ったものの、麻袋からの発芽数は数本から数十本程度と少なく、発芽しても草体が伸長しない状況に大きな変化はありませんでした。2019年に播種し発芽したアマモの追跡観察では、2020年5月には花枝を多数伸ばし始め、5月~6月に種子の形成がみられました(図4)。その後7月~8月には花枝が消失し(図5)翌年1月にはすべての栄養株が消失していることを確認しました。このことから、2 0 1 9 年については、規模は小さいながらも種子からの1年生アマモの育成が達成できたと考えています。2020年以降の生育不良の原因は今のところ定かではありません。今後の播種の取り組みの中で解決の糸口が見つかることを期待しています。
4. 現状と今後の取り組み
2024年1月1日に発生した能登半島地震は、御承知の通り奥能登地域を主体とする石川県に甚大な被害をもたらしました。当研究会の会員に人的な被害はありませんでしたが、家屋の被災や復旧等のため活動の余力がなくなったことと併せて、潜水作業を担っていた日本航空高校石川潜水部は校舎被災のため東京都青梅市に一時避難を余儀なくされてしまいました。加えて、活動拠点としてきたカキ小屋が倒壊し使用不能となりました。このため、組織的な活動は2024年から中断している状況です。しかしながら、2024年からは有志により、新たに海中に吊るした小型容器でアマモを生育させる垂下養殖試験に取り組んでいます(図6)。2025年春までの観察では、約10%程度の発芽率が得られ、発芽後の生育にも手ごたえが得られています。今後は、これらの方法をさらに改良して、効率よく1年生のアマモ場を造成できる方法を検討したいと考えています。