1. はじめに
瀬戸内海の西部に位置する大分県は、日本三大干潟の一つである周防灘、外洋水と内海水が混合する伊予灘・別府湾、そして深く入り組んだリアス海岸の豊後水道に面しています。その沿岸域には変化に富んだ好漁場が形成され、多種多様な水産物が漁獲されています。特に豊後水道沿岸は、黒潮の分枝流の影響による温暖かつ静穏な環境から、養殖漁業が発達してきました。2024年の農林水産統計によると、本県の漁業生産額は366億円(全国1 4位)であり、そのうち養殖生産が全体の72%にあたる2 6 5 億円を占めています。主な養殖魚種はブリ類(181億円・全国3位)、フグ類(10億円・全国2位)、ヒラメ(9 億円・全国1位)であり、全国屈指の生産量を誇っています。しかし、養殖漁業の発達によって赤潮被害が深刻化し、最近の環境変動によってその脅威はますます深刻化してきています。これまで、大分県における赤潮対策として、有害プランクトン監視のIoT化(文献1)や、ブリ養殖現場における養殖生簀の「見える化」(文献2)などの取り組みを本誌にて紹介してきました。今回はこれらの技術を現場に実装した結果、現場ではどのようなものが見えてきたのでしょうか。今回は、2024年夏季に佐伯湾で発生した赤潮時における、各IoT機器が捉えた事例を報告します。
2. 定期調査による赤潮発生状況(図1)
佐伯湾では、赤潮の初期発生海域を中心に沖合養殖場を含む湾全域に調査点を設け、6月から8月中旬にかけて調査船による週次の定期調査を実施しています。2024年夏期の有害赤潮プランクトンであるカレニア・ミキモトイ(以下、K.ミキモトイ)出現状況は、6月中旬に初認され、同月下旬には低密度ながら湾全域で確認されました。その後、7月中旬から湾の南部沿岸(鶴見地区)で細胞密度が急激に増加し、7月1 8日には1,000cells/mL以上の高密度状態(赤潮)に達しました。30日には赤潮分布域は湾全域に拡大し、局所的に10,000cells/mLを超える濃密な赤潮が観測されました(写真1)。沖合のブリ養殖場においても、7月30日の調査で600cells/mLを記録しました。その後は8月に入ると細胞密度は減少に転じ、中旬には終息しました。
3. IoT機器による赤潮監視と養殖生簀内のブリの行動
現在、K.ミキモトイの初期発生海域である鶴見地区と沖合のブリ養殖場に赤潮監視装置を設置しています。さらに、沖合のブリ養殖生簀内には水中カメラと魚群探知機(以下、魚探)を設置し、魚群の行動を継続的に観測しています。今回の赤潮発生時における主な観測結果は以下の通りです。
(1)赤潮初期発生海域での監視結果(図2)
図2 2024年佐伯湾鶴見地区におけるカレニア・ミキモトイの細胞密度とFSI値の推移
・カレニア・ミキモトイ細胞密度は表層、2m層、5m層、10m層底上1m層の各層の最高細胞密度を示す。
・有害プランクトン検出センサーにより測定間隔30分で観測。FSI=蛍光値(685μm)/蛍光値(670μm)
鶴見地区の水深5mに設置した有害プランクトン監視装置(システム:西村商会(株)、センサー:JFEアドバンテック(株) HAI Sensor)のデータでは、定期調査でK .ミキモトイが1 0 0cells/mLを超過した7月上旬頃から、有害赤潮指数(FSI値)が警戒ラインである1.95を頻繁に上回るようになりました。その後も定期調査の細胞密度の増減とFSI値は極めて高い精度で連動しており、赤潮初期段階からのモニタリングにおいて、同装置が非常に有効であることが再確認されました。
(2)沖合養殖場での水質観測結果(図3 下図)
沖合のブリ養殖場に設置している自動昇降式多項目水質計(環境システム(株)製)では、7月23日以降、水深10m付近でK.ミキモトイの高密度分布を示すと考えられるクロロフィル蛍光値の上昇が検出され、26日以降は断続的に高濃度となりました。定期調査で赤潮が確認されたのは7月30日でしたが、機器による連続観測では、その一週間前に赤潮流入の兆候を示す値が観測されました。
(3)水中カメラによるブリ行動観察(図4)
生簀内の水中カメラ(広和( 株) 製)の映像では、7月25日頃から海色の変化が認められ、30日までその状況が継続しました。ブリの行動については7月26日に生簀の外へ逃避しようとするような動作(頭部から網に衝突し続ける行動)が確認されるなど、通常時では見られない一時的なパニック(興奮状態)が観察されました。なお、当該期間中ではブリの斃死(漁業被害)の報告はありませんせした。
(4)魚探によるブリ遊泳層の観測(図3上図)
赤潮流入前のブリは、夜間から正午までは下層に、正午から日没までは上層(水深3 m以浅)に分布するという規則的な日周リズムを示していました。しかし、高密度な水塊が流入した26~27日は、上層付近への浮上が全く観測されず、通常とは明らかに異なる回避行動をとっていることが確認されました。
4. まとめ
2024年度の観測結果から、自動監視装置による連続データが赤潮の発生予察に大きく寄与することが改めて裏付けられました。また、水中カメラや魚探による養殖ブリの監視により、従来は「ブラックボックス」であった赤潮発生時の生簀内の状況が詳細に把握可能となりました。これまで、養殖魚等が斃死に至らなかったケースでは「赤潮の影響は軽微であった」と評価されがちでしたが、実際の観測では、見えないところでブリは多大なストレスを受け、パニック状態に陥っていたことが判明しました。これは従来の観測では見落とされていた点であり、現行の対策を改善する上で重要な知見であります。
5. 将来展望
現在、赤潮監視装置の実装が進んでおり、短期的な警戒体制は飛躍的に向上しています。さらに今回紹介した生簀内の魚類の行動監視を組み合わせることで、潜在的な課題の抽出が可能となり、より実効性の高い赤潮対応が可能になると考えられます。
今後は、「沈下式養殖」や「水中給餌システム」と今回紹介したシステムを連携させることで、有害プランクトンへの暴露時間を最小限に抑え、かつ餌止めによる成長停滞を回避する「高度な養殖管理」が可能になると期待されます。現場で起きている「真の現象」を捉える技術が、赤潮対策を次なるステージへ引き上げる契機となることを確信しています。
参考文献
1.宮村和良 大分県沿岸域における赤潮発生状況とIoT技術利用による赤潮監視について,CAINES Journal, No3, 2021.
2.宮村和良 新たな赤潮対策で養殖ブリの安定出荷と環境負荷の軽減を目指す,CAINES Journal, No4, 2022.