繊維の技で紡ぐ、森・川・海・里の新たな循環~ 令和の里海づくり ~

サカイ建設不動産株式会社 森 山 恭 雄
※サカイオーベックス株式会社グループ

図1 海藻種苗

1. 繊維と海をつなぐ歴史と宿命

 私たちサカイオーベックス株式会社は、明治24年の創業以来、福井の地で染色整理業を営んできました。一見すると繊維産業と海は無縁に思えるかもしれませんが、古来より海藻の「フノリ」は絹織物の糊剤として不可欠な存在であり、当社も昭和初期にはフノリを落とす「精練」工程で事業を拡大した歴史を持っています。福井県はかつて日本中からフノリが集まる拠点であり、海藻の恵みは当社の事業の根底を支えてきました。この宿命的な繋がりが環境保全へと転換した決定的なきっかけは、1997年のロシアタンカー・ナホトカ号による重油流出事故でした。黒く汚れた日本海を前に、私たちは自社の繊維技術を活かし、「海藻種苗生産技術」(図1)の開発に乗り出したのです。これが、私たちの四半世紀にわたる藻場造成事業の原点となりました。

2. 藻場造成への挑戦と技術の壁

図2 カジメ藻場造成

 当初、私たちは繊維技術を応用した種苗プレートをブロックに設置し、藻場造成を試みました(図2)。2003年頃の試験では一時的に成功を収めましたが、2 年目には生育した海藻が消滅するという事態に直面しました。原因は、ウニやアイゴによる猛烈な「食害」と、地球温暖化に伴う「高水温による枯渇」でした。私たちはこの課題に対し、ネットによる物理的遮断や、配偶体培養技術を用いた「環境耐性海藻」の開発など、繊維とバイオの知見を総動員して対策を講じてきました。しかし、どれほど個別の技術を高めても、単一の有用種だけを保護・育成する手法では、自然界での継続的な拡大や再生産を実現するには限界があることを痛感させられました。

3. 磯焼けの本質と「里海」への転換

 なぜ磯焼けは止まらないのか。私たちは長年の継続した調査、失敗を重ねることでその本質を再考しました。磯焼けは海水温上昇だけではなく、ゲリラ豪雨による浮泥の流入や、山からの栄養塩不足、そして市場価値の喪失により放置された植食動物の活性化など、森・川・海・里の繋がりが断絶したことによる複雑な要因が絡み合っています。ここに至り、私たちのプロジェクトは大きな転換を迎えました。単一の海藻を「復元」する点での対策から、森林、河川、海、そして人の暮らしが息づく里(都市)を包括し、物質循環の断絶を修復する「令和の里海づくり」へと視座を広げたのです。

4. 漁港を「核藻場」とする新たな養殖モデル

図3 ワカメ収穫体験

 実際の海においては、日本海の冬の荒波を避けられる「漁港近郊」での多種海藻養殖を推進しています。クロメ、ワカメ、アカモクなど多様な種を育てることで、そこを周辺海域への「種の供給源(ナーセリー)」として機能させる試みです。この養殖場は、単なる生産現場ではありません。波の穏やかな海域で住民が簡易に収穫を体験し、里海の多様性や必要性を肌で感じる「教育の場」でもあります(図3)。水産対象種ではない生物にも光を当て、生態系全体の重要性を地域住民に理解してもらう。それが、私たちの考える新しい海との付き合い方です。

5. 「里海染め」による価値創造と社会実装

図4 里海染め体験

 繊維企業としての強みを最も体現しているのが「里海染め」です。かつてフノリが繊維を支えたように、現在は利用されていない海藻や生物を染料として活用し、新たな価値を吹き込みます。アパレル業界でサスティナブルな製品が求められる中、里海の恵みを用いた天然染料は、環境教育とビジネスを両立させる鍵となります。 現在、和歌山県田辺市ではヒロメ養殖を軸にしたエコツアーが展開され、福井県越前海岸では「里海染め」の体験イベントが地域活性化に寄与しています(図4)。これらの活動は、漁業者の高齢化や担い手不足といった課題に対し、新たな連携体制を構築する一助となっています。

6. おわりに うみとまちを繋ぐ「海業」への深化

図5 うみとまち事業部ロゴ

 私たちの里海づくりは今、大きな組織的転換点にあります。これまで技術開発を主導してきた「水産資材事業部」は、その役割をさらに広げ、サカイ建設不動産株式会社「うみとまち事業部」へと再編されました。この再編は、単に海藻を育てる段階から、海と人が共生する「まち」全体のデザインへと私たちの活動が移行したことを象徴しています。深刻な住民減少や低利用漁港の増加といった課題に対し、建設・不動産の知見を融合させることで、漁村の空き家や廃校の活用、そして「海業(うみぎょう)」としての漁村活性化を強力に推進していきます。海とまち、そして人を結ぶ新たな糸を紡ぎ出す。サカイ建設不動産「うみとまち事業部」(図5)は、技術で里海を守り、知恵で豊かな地域を創り出す挑戦を、これからも続けてまいります。